♪うらメロ♪ブログ  

喘息です

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今日は新宿御苑でおこなわれるフォトレッスンに参加を予定していましたが
キャンセル。

さきほど近くの龍口明神社まで行きましたが、神社の境内を歩くだけでも一苦労。

そそくさと帰宅して家でじっとしています。

喘息、、、、今回のは何が原因だったのかな。

11月半ばといえば去年あたりまではセーターを着ていたと記憶していますが
今年はいっこうに寒くなりません。
こういう異常気象に身体がついていかないのが下地にあるような気がします。

いろいろな要素がありながら、あるストレスをかかえてしまいました。

それは母親のことです。

うちは、母親と妹と私の3人で住んでいます。
母親は95歳で元気なのですが、、、、

認知症と言うほどではありませんが少しその気配があります。

日常生活すべては自分でこなせます。
お料理も簡単なことなら出来ます。
五感が全く衰えていないのはすごいと思います。
一人でなんでも出来るのですが、それで私や妹は困っているのです。

時系列に対しての狂いが生じ始めているからです。

ついさっきのことが頭に残らなくなっています。

今回母と二人でホテルに泊まり東北道を走りました。
いちおう大丈夫でした。
しかし、安心してはいられないので常につきっきりでいました。
何をするのも母と一緒。
非常に仲の良い親子に見えます。

一番困るのが会話です。

昔のことをやたらと思い出すのです。
しかし、けっこう記憶が適当で、それを聞き流せば良いのですが
訂正してしまう私。
それを受け入れられない母。
<昔の思い出> <楽しかった記憶> 
それってなんのためにあるのでしょう、、、、。

もともと<思い出話>にあまり興味のない私にとって、まず思い出話が始まると
ギクッとします。
さらにその記憶に誤りがあると、それは聞いていられない話になります。

一人っ子の人って本当に大変かも、、、と何度も思います。

私の場合妹がいるから苦痛は1/2になるのでなんとか耐えていられます。

多分この母との会話のストレスにやられたのだなと思うわけです。

さきほど、又母親の曖昧な記憶による思い出話が始まりました。

私はついに我慢が出来ず訴えてしまったのです。

「頼むからその話はやめてくれる?昔の話を聞くと疲れるから!!」

少しバクハツして楽になりました。

これまでは、母が自己管理が出来るものとして静かに支えるという感じを貫いてきました。

そろそろ限界が見えて来ています。

政権交代の時期に入りました。

長く家族の中心的存在として君臨していた母親ですが、その座をしりぞくことにより
すっかり生きる気力を失うのか否か。

多分全てをまかせることの心地よさを味わってくれることと思っています。


駒宮神社で延命してもらったので100歳まで元気らしいです。

母をみていると駒宮神社の延命というのは本当なんだなと思います。

今回姪の家に行って今後のことを話あいました。
多分環境を変えることになると思います。

私は母に聞いてみました。
「どこで死にたい?」

うちはこういうことは非常にオープンで母はもっとすごいです。
死にかけていた父親の耳元で「お葬式は密葬でいいですか?」と聞いたのです。
父親はこう言いました。
「それはいやだ。小さくてもいいから普通のにしてくれ」
母の言い分は、こういうことは死んでから聞くわけにはいかないから。

母は
「どこでもいいけど、みんなと一緒にいるのが良い。一人にされるのはいやだ」
と言っていました。

だから、どこに住んでもいいのだと。

良かったです。
by melo_pro | 2015-11-21 16:09 | 喘息 | Comments(0)