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カテゴリ:家族( 202 )

血筋

姪、すなわち妹の子どもは誰ににたのか、
脚が長い。
写真は18歳の頃。(18年くらい前)
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妹は誰ににたのか、脚が長い。
写真は20歳過ぎの頃。(45年くらい前)
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写真の整理をしていて見つかった
母の子どもの頃の一枚(90年くらい前)
ボヤけているのでわかりにくいけど、
大正9年に生まれた母がこの当時10歳として
昭和一桁の時代である。
ずいぶんスラッとした脚だったことに驚く。
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妹は母方の血を色濃く受け継いでいる。
但し性格は父親そっくり。

私は父方の方を、、、、
但し性格は母に似ている。何ごとにもアバウトなところが。
あ、でも私の口の軽さは誰に似たのだろう。

by melo_pro | 2019-05-15 02:20 | 家族 | Comments(0)

親、娘、孫

親(妹の子どもの頃)
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娘(姪の子どもの頃)
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孫(姪の3番目の子ども)
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姪の3番目の子どもが妹に似ているのではないかと

並べてみるとそんな気がする。
ちなみに姪の2番目の子どもはまぎれもなく
パパのお母さんの系統の顔。
姪の長男はパパそっくりなのだが
甥の小さい頃とよく似ている。
甥の子どもは長男はママそっくりで
次男はママのお父さんによく似ている。

この後みんながどんな風に変わっていくのか
大変興味がある。


by melo_pro | 2019-05-08 13:49 | 家族 | Comments(0)

今日は義弟の命日です。

2年前の4月26日午後15時すぎに義弟が入院する
病院に行きました。
駐車場の上の空一面に広がった不思議な絵。
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観音様だと思い、「今日かもしれないね」と妹に。

緊張しながら病室に入ってその後の事は全部
明確に覚えています。




4月5日午後、湘南フィルモールの屋内駐車場に入ったところで宮城の姪から泣きながらの電話。
妹とフィルに買いものに行くところでした。

「お父さんが、、、」というので
何があったのかさっぱり見当がつかず
「どうしたの?」というばかり。

「お父さんが心肺停止で倒れて、、、
戸塚の横浜医療センターに搬送されたんだって」


頭の中は真っ白になり、すぐに帰宅して
戸塚の横浜医療センターを目指しました。

その病院がどこなのかわからず
とにかく戸塚駅まで行けばなんとかなるだろうと
バスに乗っている時間のもどかしかったこと。

病院に着いて、ここは車で来た方が早かったと後悔

昔の原宿の横浜国立病院(だったと思う」ではないですか

それ以来フィルに行く時は屋内駐車場には
入れなくて、多分一生入れないでしょう。

それほどショックが大きかったのです。
今でもフィルの前を通ると
姪が泣きながら伝えた声がよみがえります。

このあたりのいきさつは大変に不思議かつ長い
エピソードゆえ省略します。

4月26日に病院に行くとまだ大丈夫という状態で
いったん帰宅。

早い目に入浴もすませいつでも出かけられる状態で
覚悟を決めていたら病院から妹に電話があり
急いで病院に。
すでに横浜に住む甥夫婦が到着していました。
別室で待たされている時間が長いような短いような。


深夜1時前あたりになり担当の医師に呼ばれて
甥夫婦、妹、私の4人で倒れて以来一度も
意識の回復がなかった義弟を囲んで
心拍数とか血圧のグラフを見つめていました。

2017年4月27日1時20分に義弟の68年の人生が終わりました。

病院の霊安室への移動。
そこでお線香をあげて、やがて葬儀会社の人が
来て、病院をあとにする時出口で
その時に担当して下さった看護師さんたちが
見送って下さいました。
看護師さんの涙をみてこちらもジーンと来ました。

しかし、泣いている暇はなく葬儀会社の車のあとを
甥の車と私の車が追いかけて藤沢の葬儀場まで。

その日のお昼まで元気だった人が突然。
原因は心臓のトラブルでした。
カルテに死因は心室細動とあったと記憶しています。

この話をまわりの60代の人たちに話したら
みなさんあわてて心臓の検査に行ったとか。

私と義弟は学生時代からの友だちでした。

映画を見に行ったりグループでスキーや海に
行ったりしていました。
そんなわけで妹と結婚したあとも
私は義弟の学生時代のあだ名で
「やぎちゃん」とよんでいました。
甥や姪は小さい頃、それを不思議がっていた事が
ありました。

告別式は4月29日でした。

ものすごく華やかなお式でした。
会場のレイアウトは甥が徹夜で準備していました。

当時は、はりつめていたので余裕がなくて
そこまで、気がまわりませんでしたが
今思うと、よく1人であれだけのことをやったと
感心します。
義弟も嬉しかったと思います。

今、妹はアルバムの整理をしています。


アルバムより(撮影:妹)

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妹がつぶやいていました。

「やぎちゃんもタケシとアイコをあんなにスキーに
連れて行っていたのに、誰も、」
誰ものあとは
スキーは下手だったと言いたかったのでしょう。

義弟が札幌に住んでいたころ偶然私たちも
札幌に住んでいました。

当時は冬になるとみんなスキーをやらされて
私たちはそれですっかりスキー嫌いに。
しかし義弟はその時にスキーに目覚めて
バッジテスト1級の腕前になり得意のスキーとアーチェリーで
ヤマハ スポーツに入社。





ようやくここまで書けるようになりました。

by melo_pro | 2019-04-27 16:45 | 家族 | Comments(0)

昔の写真


写真の整理をしていたら30代の頃の父親の写真が
出てきた。
大阪にいた頃。今から60年くらい前。
写真が趣味だった。
こういうスタイルで撮影に出かけていたらしい
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多分、入社したての頃
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後列左の人、、今でもいそうな、、、
後列右の人は今風な感じ、、、

60年くらい前から小顔の人がいたのだ!

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学生時代の父親。
髪型が新鮮
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こんなのも写真に撮って残していた。
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この数年後に札幌支店に転勤。
私の山(を見るのが)好きなのは札幌時代に
培われたのである。

最初は円山のそばの家。
その後は藻岩山のすぐそばの家。

この頃に図鑑で白血球と赤血球の図を見て
恐ろしくて、病気ノイローゼみたいに
なったり、山の下は早く日が暮れるので
すごく損をしているように強く感じたり
6月になると一斉に咲き始めるライラックの花が
枯れて散る時はとってもクサくて
あとが大変と強く感じたり、
初めて見たすずらんの花が可憐すぎて
寂しいイメージだったり
家族でジンギスカンを食べに行った時
羊を放し飼いにしていた広い草原で羊の肉を
食べたのだけど、羊を見ながらというのが
あとから考えたらとんでもない光景だと、、、

今思うと、美しさの裏にある矛盾みたいなものを
強く感じていたのだろう。

そんなことを思い出した。


by melo_pro | 2019-02-28 16:00 | 家族 | Comments(0)

久しぶりのおしゃべり

今日は甥一家が来てくれた。

老老介護が始まってまだ日が浅くて
慣れていないため
疲れも出ているので、夕飯の準備が出来なくて
日曜日の午後、ひたすらダラダラお菓子を食べる
事にした。

食べ散らかしながら
ひっきりなしにお茶をのみながらおしゃべり。
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母のベッドの周りの様子

ほぼ寝たきりの老人のまわりでいつものように
ゲームをしたり、奥のベッドで甥が昼寝
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甥の子供は遊んでいて最後に誰かが泣く。
今日は次男が泣いていた。

あんまり可愛かったので記念におさえておいた。
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今日は賑やかで楽しかったわ〜

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by melo_pro | 2019-02-24 20:15 | 家族 | Comments(0)

宮城便り

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by melo_pro | 2019-02-17 18:29 | 家族 | Comments(0)

甥夫婦が母のお見舞に

今日は横浜に住んでいる甥夫婦が
母のお見舞いに来てくれました。

ようやく母の顔に笑顔が!

若いエネルギー注入〜

母と同室の入院患者さんたちはみなさん
喋ることもなく寝てばかりで退屈していたみたい。

入院前よりも元気に楽しそうに甥夫婦と
喋っていました。

案外早く退院出来そうな気配です。

少し安心した事もあり、家に帰ったら
ドッと疲れが、、、
やはり病院に行くと疲れます。

帰宅してすぐにミルクティーを飲んで
元気回復。

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by melo_pro | 2019-02-10 20:36 | 家族 | Comments(0)

母の手術について

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先週月曜日に整形外科の先生から母の手術について
詳しい説明を聞いた。

母の場合、肺と心臓がかなり弱っていて
手術をするには非常にリスクが大きいと言われた。

しかし、手術をしなければ
この先ずっと痛みに耐えて
じっと寝ているしかない。

「わかりました。リスクを取ります」
ときっぱり言ってさらに続けたのだ。

「手術が失敗して手術中に亡くなったとしても
いいですから」

すると先生は困ったような顔で
「いや、そう言われても、、、」と
呟いておられた。

必ず神さまが守ってくださっている。とごく自然に
信じていたので、
もし手術中に亡くなったとしても
寝ている状態なので
それはそれで良いと思っていたし
もし手術がうまくいったら、
多分、なんの問題もなく回復していくだろうと
思っていた。

今そのようになっている。


by melo_pro | 2019-02-06 00:22 | 家族 | Comments(0)

母の手術前に麻酔科の先生から言われたこと

母の手術前に麻酔科の先生から詳しい説明を受けた

NHK今日の料理で活躍中のアンドレア・ポンピリオ
に大変よく似た先生で声まで似ていた。

「腰から下の麻酔なので意識はありますが
骨にボルトをうちこむので大変大きな音がします。
それに驚く患者さんもいます。
お母さんの場合、点滴で意識をもうろうとさせるので
寝ている間に終わるでしょう」

結果的に母は手術中の事は全く覚えていなかった

ひととおりの説明を受けたあとおもむろに
「出身は神戸ですか?」と言われた。

出身が神戸だと何か手術に関係があるのかと思ったが
「いいえ、大阪です」と答えた。

「神戸と言うのは何故ですか?」

「いやあ、ジブのバッグですよ」

このバッグ。毎日愛用している
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「これですか?ジムで買いました」
11月まで週3日通っていたジムの本社が関西だと
聞いていたがその関係でこのジブのバッグが
並んでいて、買ってみたらやたらと使い勝手がよく
いろいろ買ってみた。

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「神戸の女子大生は
みんなこのバッグを持っていますよ
軽くて洗えるので便利です」

確かにものすごく使い勝手が良い!
しかし麻酔科の先生が何故それをご存知なのか
非常に気になったが
とてもそれを聞ける雰囲気ではなかった。

その後手術は無事に終わって少しずつ回復している


by melo_pro | 2019-02-05 19:06 | 家族 | Comments(0)

毎日病院へ

1月26日から母が入院中。
毎日お見舞いに行っている。
家から病院まで畑の中の一本道を通るとナント
あるいて25分で着いてしまう!

今日は何故かものすごく疲れてしまい
母のリハビリを見学中に寝てしまった。

そばについていて励ますつもりが、、、


帰りは、はま寿司。

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甘いものが美味しい。

by melo_pro | 2019-02-05 18:57 | 家族 | Comments(0)