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カテゴリ:介護( 15 )

限界点を乗り越えて

7月1日の庭の葉
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2、3日前。
夕食が済んで母が自分のベッドに入って
私はようやくのんびりとテレビを見ているうちに
ついウトウトと寝てしまっていた。

ここ1ヶ月ほど、母の気持ちに寄り添う事を心がけていた。
母は紙パンツ+尿とりパットを使用。
しかし、それを全く理解していない。
多分、理解したくないのだろう。
だから1日に何度もトイレに連れて行く。
しかし、親に対して連れて行くと言うのは失礼なので
お連れする、と言っている。

ベッド→車椅子。
車椅子→便座。
便座→車椅子。
車椅子→ベッド。

このワンセットで所要時間10分くらいか。
大だともう少しかかる。

このワンセットは朝起きた時、朝食後、昼食前、昼食後、午後1回か2回、夕食後、母が寝る前、妹が寝る前、私が寝る前、朝方4時から6時の間。

この作業は慣れてしまえば簡単で、そんなに体力のいる事でもない。

その他、水が飲みたいと言うとベッドまで水を。
これも特にどうということもない。

買い物に出かける時は、1時間くらいですませて
テラスモールに妹も一緒に出かけなければならない時はゆっくりする気分にはなれない。

たまに1人で出かける時は妹に悪いなあと気にする。

唯一ホット出来るのは夜寝る時

寝る時に母はいつも言う
「もし、夜中にどうしても来て欲しい時はどこをならせばいいの?」
私はキッパリ言う
「鳴らすものは無い!」
「それでも、急に何かあったら、、」
「急に何かは起こらない!! 

そして2階の自分の部屋に入ってようやく
解放されるのだ。
それが1時ころ。

結局眠るのは2時。

4時とか6時ころに目が覚めて母をトイレにお連れし
また眠り8時ころに起床。

そんな生活が続いたある日、
それが冒頭の2、3日前。

肘掛けのない食卓の椅子に腰かけてテレビを見ているうちにいつのまにか深く熟睡してしまったのだ。

布団で寝ているつもりで左に寝返りをうった。

椅子に座っている状態からスーッと床に頭から落下。

実はこれは2回目。

怖くなって早速母が以前使っていた肘掛けのある椅子に座っている。

母の気持ちに寄り添うのも考えものだと思う。
打ち所が悪かったら死ぬわ。

だからどうしたらいいか




ソファが必要。









by melo_pro | 2019-07-01 20:00 | 介護 | Comments(0)

最近の若い者

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先日母の要介護度が変わった事による会議があった
関係者が集まって話をするのだが、
主に母の状態についての近況報告である。
あと家族の抱えている悩みを聞いてもらったり
それに対するアドバイスを受けたり。

当日集まったのは、ケアマネジャー、訪問看護師
出張入浴サービス会社の所長。のお三方。

母の場合、いろいろな面でずいぶん良くなったので
今のところは特に問題はないのだけど
ずっと誰かが家にいなければならず
その点は少し不満がある。

あと何十年もこの状態が続くわけではないので、
と私は思っているのだが妹が言い出した。

「銀座に無印が出来たので〜」と言ったトタン
話は思わぬ方向に進んでいったのだ。

行きたくても行けないと言おうとするのを
遮るように
「銀座に無印が出来たんですか?」
「え!?知らなかったのですか?」
「1度行ってみてくださいよ、、」
すると羽生結弦に似た所長26歳が言うのだ。

「銀座なんて嫌ですよ、僕東京がダメなんで
僕は海と山と畑があればどこでも生きていけます」
「えー?東京に行ったことぐらいあるでしょう」
「大学は東京でした」

有名私立大学を卒業してすぐにこの世界に入ったそうで、最初はヘルパーの資格を取って社会福祉士の資格も取ったそうで、大学時代は政治学を勉強して
議員さんの選挙の手伝いをずっとやっていたそうである

彼の夢は自給自足の生活をすることだそうである。

次の仕事のために早々と帰っていった訪問看護師のKさんの場合、
ご主人が長野県出身で将来ご主人は長野に帰りたいのだけど、Kさんはあんな寒くて何もないところは
絶対にイヤだと力強く言っていた。

人それぞれ。

所長がどこかで自給自足の生活を始めたら
ぜひ遊びに行きたいわ〜



by melo_pro | 2019-05-04 17:29 | 介護 | Comments(0)

鎌倉姉妹は頑張っている


昨年11月でジム通いはやめました。
母がデイサービスに行っている間に通っていました
7カ月通ってみてスタジオワークは興味ない、
一通りのプログラムは2時間以内に終わる、
という事で会員でいる必要はないとの結論に。
今後はチケット制で週2回のペースでやっていこう
と決めました。

ところが、12月に入ってすぐに母が体調を悪くして
デイサービスに行ける状態ではなくなりました。

それからは実にめまぐるしい展開に。

今後の状態の悪化を見越して、車椅子、手すり
などレンタルするものも増やしたり減らしたり
その都度レンタル会社の人に来てもらい
それと同時に、往診と訪問看護も開始。

ジム通いどころではなくなりました!

年が明けて1月末に骨折、入院、手術、退院
となり2月15日の退院から本格的な介護生活が。

母の入院中は21日間毎日午後に病院通い。

そして今に至ります。

退院以来、酸素療法をはじめました。
最初は2からスタート。

2というのはけっこう重症な感じらしいです。
それで、そのうち3になり5くらいまでになって
その日を迎えるのかと思っていました。

母の年齢、心臓、肺の弱り方をみれば
誰もがそう感じていたと思います。

ところが3月に1.5にさらに1に、と言われて
今月に入って、もう酸素はいらないだろうと。
今週の往診結果をみてこの器械のレンタルを
キャンセルして良いという事になりました。

訪問看護、入浴サービスで必ず酸素濃度を
測定してもらっていますが毎回98くらいです。

そんなわけで、今月でこの器械を撤収してもらう
というはこびになる予定です。
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現在、母は少しずつ歩けるようになりつつあります

自宅で親を介護するのは簡単に言うと大変です。

ベッドから車椅子、車椅子からベッド。
車椅子からトイレの便座、便座から車椅子

これの連続。
いつ終わるかわからない連続。

これで腰を悪くする人もいるそうです。

最初の1週間ほどは妹と交代で
母の横で寝ていましたが
あまりにも疲労が激しくてそれはやめました。

そのうち終わるけど、まだまだ先の終わりまで
毎日同じ事の繰り返しのループの中にいる
私たち素敵な鎌倉姉妹。

その中でふと気がついた事があります。

私たち鎌倉姉妹の健康状態はきわめて良好。
腰も悪くない。

毎日、筋トレをしているのだと気がついたのです。

それと同時に母もリハビリになっているようです。

このいつ終わるかわからないループは
まあ言ってみれば身体作りのトレーニング?
そんなものなのでしょう。

自由がきかないのは無駄遣いをやめる訓練にも。




by melo_pro | 2019-04-23 10:30 | 介護 | Comments(0)

💢納得いかん

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今日は海が綺麗。
買い物帰りに片瀬山のいつもの場所に立ち寄って
1枚押さえておきました。

帰宅して郵便受けに鎌倉からのお知らせが
来ていました。

母の要介護度の変更のお知らせです。

昨年、デイサービスに行き始めた頃は
要介護1になり秋頃に要介護2に。

今年始めに骨折をして今はベッドと車椅子の
生活になったので要介護度がまた変更になり
そのために聞き取り調査を受けました。

多分要介護4になっているだろうと思っていたら
ナント要介護5!

説明を読むと要介護5というのは
食事を自分で出来ない、とあるではないですか!

あの聞き取り調査にきたかなり年配のご婦人に
私たちは、母は食事は自分でしている
と言ったはずなのに、、、

最近、母は在宅酸素も外して良いと往診の先生に言われて薬もひとつ減っています。

少しずつ回復していて自力で立つ事も出来るようになってきているので、
なんか、、、

久しぶりに怒り💢というものをふつふつと
感じているところです。

今日は土曜日なので月曜日朝イチで
市役所に電話をして
ケアマネ誰々、聞き取り調査誰々と名前を言って
どうしても納得がいかない旨を伝えることに。

「久しぶりに燃えてきたわ。闘うからね」

母は「どこと闘うの?」というので
「市や!」と私。

「そんなことせんでええやないの〜」と母

「だいたい、介護する方も年寄りやから黙ってるけど
納得のいかない事はちゃんと質問せなあかん。
あの聞き取り調査のおばさんの判断はおかしい
ケアマネにも文句言わなあかんて」と私。

「私は冷静に感情を抑えて文句を言うけど」
というと妹は
「私はちがう。感情むき出しでいくわ」という。

そして母に強く言いました。

「ホント、腹立つわ〜
こうなったら頑張って歩けるようになろぉ
歩いてるのに要介護5ですか?と
言えるようにしよ」

久しぶりに母と娘達は燃えています。

3人でよくわからない敵と闘います。

訪問看護、ショートステイ、など
介護度により値段が変わるので大問題!



今の雲

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by melo_pro | 2019-04-13 18:09 | 介護 | Comments(0)

母の生活を支えるもの

多分、骨折をして入院をしなかったら今頃母は亡くなっていたのではないかと思う。

入院をしたおかげで、酸素の機械をレンタルして酸素療法を始めることが出来た。
入院中に内科の先生から<ラコール>と言う栄養補助ドリンクを教えてもらって
退院してからもずっと引き続き処方してもらっている。

このラコールのおかげで母の栄養状態がどんどん良くなって1ヶ月前の退院当時よりも
随分元気になってきている。

母は長いこと血圧が高くて降圧剤をのんでいたのだが
退院してから降圧剤を飲ませなくても常に血圧は正常になって
今は降圧剤はのんでいない。

入院中に足のむくみを解決してもらって退院後もずっと利尿剤をのんでいる、

そのおかげでここ2、3年ほどの足のむくみがすっかり治ってしまった。

あと、ここ数年はずっと顔がだんだん下を向くようになって昨年はついに顔を上にあげる事が苦痛になり
常に母は俯いたままの状態でいた。
もう死ぬまで上を見上げる事は出来ないのだな、、、、と思っていた。

入院中はずっとベッドで寝ていて気がつかなかったのだが
甥夫婦がお見舞いに来て病院の談話室で喋っていた時に母の顔が普通に前を向いていることに気がついた。

それ以来ずっと母は下を向く事はなくなった。

今母の生活を支えているのはこれ
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介護用ベッド
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床擦れ防止用のエアーマット
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トイレの手すり
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キャスター付きテーブル
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そして、なくてはならない車椅子
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ベッド、エアーマット、手すり、車椅子、などレンタル料は月3000円(1割負担)
酸素の機械のレンタル料は月7500円くらい。

その他ものすごく助かっているのが週に1回の在宅入浴サービス(1回1350円)
毎回シーツを取り替えてもらえるのが嬉しい。

どこの在宅入浴サービスでもシーツの取り換えサービスがあるのかと思ったら
それをやっているところとそうではないところがあるとのこと。

もし介護入浴サービスを受ける場合はシーツの取り換えをしてもらえるか是非確かめてほしい。

全く知らなかったのでこれは本当にラッキーである!!

その他、週2回の訪問看護、月2回の往診があって
2月までの引き落とし額が高くて少々焦ったのだが
とりあえず母のお金でやっているので、文句は言えない。

今月に入ってようやく全てが整ってきたので実際に費用はいくらかかっているのか
まだわからないし、要介護3か4かで費用は変わってくる。

母は遺族年金が結構あるので大丈夫であるが、問題は私の場合である。

私の場合は医療費にお金をかけられないから今から考えておかなければならない。

by melo_pro | 2019-03-18 17:32 | 介護 | Comments(0)

気持ちは出来ている。

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梅の花びらが落ちている。

介護生活にもかなり慣れてきた。

介護生活は先が見えないから疲れるのだと
みんなから言われる。

最初のうちはよくわからない疲労感があった。

先が見えないのであれば、先がいつまでなのか
こちらで設定してみるのもひとつの方法ではないか
そう考えるようになった。

あと2年続くと想定してみよう。
そしてあと2年こなせる気持ちは出来ている。

その昔、父親が第2の職場を退職した65歳の頃に
やる気をすっかりなくしていた。

それをそばで見ていた私は
これはなんとかせにゃぁならんと思った。

もし、80歳まで生きたとしたら65歳以降の
15年間をただやる気なく過ごすわけで
こんなにもったいない事はないと思った。

それならば私が父親の今後を決めてあげようと
考えたのである。

父親は80歳まで元気でいる。
もし80歳までに病気になって亡くなったとしたら
それはそれでいいと決めたのである。

もちろん父親にその事は言わなかった。

その後、趣味の世界で活躍して80歳まで
豊かに生きた。
しかし、80歳を過ぎた頃からしだいに
生きる気力を無くして85歳でかねてから願っていたとおりに
眠りながらあの世に旅立ったのである。

80歳を過ぎてやる気を無くした時は
「しまった!85歳までと設定しておけば、、」
と思ったものである。

で、今抱えている案件は母親の介護である。

心臓と肺が弱っていて、そう長くはないと
先生から言われたので
介護生活もすぐに終了すると思っていた。

しかし、微妙に元気になっているではないか!

それで、2020年まではこの生活が続くものと
設定したのである。

妹と2人だからなんとかなるだろう。

ところで、
先日勢いで買ったこのタンブラーであるが
けっこう使い勝手が良い。

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by melo_pro | 2019-03-05 14:03 | 介護 | Comments(0)

栄養がとにかく大事だと痛感している件

先日私の脚の違和感について書いてみたが、その夜は私が当番の日だった。
(母の寝ているベッドの横のソファーベッドで妹と交代で寝ているそれを当番と言っている。)

その夜、母と寝ながらけっこうおしゃべりをした。

母が寝入ったと思ったらまた何か言っている。
「え、何?」と言ってすぐに気がついた。

これ、寝言だ。寝言を言っている人に話しかけてはいけないんだ!

何を言っているのか聞いていたら普通の日常の生活の一コマを喋っていた。

「冷蔵庫に夕飯を準備しておいたから」とか
「新聞を入れてくる」とか
つい何年か前に母がやっていた日常生活を夢の中で経験していたらしい。

そしてしばらくして目が覚めてまた私に話しかける。

そんなことが夜通し続いていた。

私は前日の脚の違和感から父親の時と同じかと思い
もしかしたら明日亡くなるのかもしれないと思ったので
何しろ、母は話好きなので和やかに喋りながらあの世に出発すると言うのもいいじゃない?
そんなわけで丁寧に母の話し相手になっていたのである。

寝不足ながらも朝を迎えた。

少し不思議なことなのだけど、それ以来私の脚の違和感はすっかり消えていたのである。

そして、急に母は元気になってきた。

何かが回復に向かっているようなのだ。

急に回復に向かい始めた大きな理由はこれである。

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医師の処方で出してもらえる総合栄養補助ドリンク、「ラコール」

最初これを少ししか飲めなかったのだが妹が頑張ってせっせと母に飲ませていたら
1日の規定量まで飲めるようになってきた。

そのおかげで、筋肉が少ししっかりしてきたのである。

この飲み物は災害の時に食べるものが不足している時にこれを飲んで
多くの人々が生き延びたと言うほどものすごい栄養価の高い飲み物なのであると薬局の人に聞いた。

何しろ死にかけている人が生き返るのだから、、、、

車椅子ではあるが座っている時間が少しづつ伸びている。

2週間ほど前の退院したての頃は座位が全然保てなかったのでかなりの進歩である。

歩けるようになるのかもしれない。



by melo_pro | 2019-03-04 15:07 | 介護 | Comments(0)

つぶやき

父親が亡くなった前日の夜から当日にかけて
父親の身体の痛みが全部私にきた。

その時急に風邪をひいて熱が出たような感じで身体の節々が痛くて
特に腰から下が痛くて起き上がれなくて朝から寝ていた。

父親はとにかく足腰がだるくて常に痛いと訴えていたのだが
亡くなる時は全く痛みやだるさがなかったらしい。

父親の苦痛が私に移されたのである。

私はどうもそう言う体質らしい。

母親の場合はどうなんだろうと考えていた。

左大腿骨骨折で手術をして痛みは無くなっている。
術後身体の痛みは無くなっていた。



今日になって母が手術をしたあたりを中心に左脚がなんとなく違和感がある。

左脚の付け根のあたりに力が全く入らなくて母が手術をしたあたりに
強いだるさがあるのだが、、、、、、
そして、やや歩行困難な状態。


これはなんなのだろう、、、、、、
by melo_pro | 2019-03-02 18:10 | 介護 | Comments(0)

母の介護スケジュール

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ようやく、先週から母の介護スケジュールが
整った。

月曜日、木曜日11時に訪問看護
土曜日11時に訪問入浴
隔週木曜日午後に往診

そして、
1日交代で母の横のベッドで寝る。
当番と言っている。

今のところこれがちょうどいい。


by melo_pro | 2019-03-02 12:14 | 介護 | Comments(0)

ドナルド・キーン氏を参考にしている。

ドナルド・キーン氏は昨年10月にいつ亡くなってもおかしくない状態になられたそうである。
それから4ヶ月ほど経ってつい最近亡くなられたわけであるが
ドナルド・キーン氏は心臓と腎臓。
母は心臓と肺が弱っていて昔は老衰と一括りにされていたのだろう。

母の場合いつ亡くなってもおかしくない状態は今月の退院した頃である。

退院した日に訪問看護師さんが来て
「会いたい人がいたらあっておくように」とか
「湘和会堂とかの連絡もそろそろ、、、」とか
言われたので本当にここ2、3日うちにその日が来るのかと緊張した。

退院した次の日かかりつけの先生が往診に見えて
「ご本人も何もしないでと常日ごろからおっしゃっていてご家族の方も
同じ考えなのでその意向に沿ってやっています。
何も食べたくないのであれば無理して食べる必要はないです」
と言われて本格的に今月中なのかなと覚悟を決めたのがほんの1週間前のこと。

その間にドナルド・キーン氏が今月24日に97歳で亡くなられたということを知った。

母は少しづつ微妙に元気になっている。。。。。。。

いつ亡くなってもおかしくない状態から4ヶ月後で当てはめてみると
今年の6月頃になるのか、、、、、

こうなると、大正、昭和、平成、この次と4つの時代を生き抜いたという
記録に挑戦してほしい気もする。

介護する側は大変なんだけどね。

つい最近かかりつけの先生がおっしゃった。

(母は在宅酸素と言って濃度の高い酸素を吸っている。これを酸素療法というらしい。)

「酸素も嫌ならなくてもいいんですよ。食べたくないのなら食べなくていいので
そうすると早いですよ」と笑顔でおっしゃる。

多分、介護がいかに大変かをよくご存知の先生ならではの発言である。

実は今母の介護に追われていることを知った友達が結構励ましてくれるのである。

それはありがたいことなのだけど、そのどれもが心に響かないのである。
うつ病の人に頑張ってね、と言ってはいけないというのがものすごく良くわかる。

これから先、まだまだ頑張らなければならないのか〜とうっすらとした重さを感じるのだ。

しかし、私もまた介護に追われている人に対しては同じことを言うだろう。

「大変でしょうけど、頑張ってください」と。

だけど、一番救われるのはかかりつけの先生のシビアな言葉である。

「何もしなければ早いですよ」

だから、もし私と同じような状態の人がいたら経験者として本当は次のように言いたい

「そんなに長くないから」

でもねー、こう言って喜ぶ人は。まあいないだろうな、、、

とりあえず6月までなら頑張れる。

それ以上となるとどうだろう、、、、、

<ドナルド氏と母を比較するのは大変失礼なことであるが>

by melo_pro | 2019-02-27 16:56 | 介護 | Comments(0)