♪うらメロ♪ブログ  

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「記憶喪失記念日」

2年前の今日の記憶がない。
自分の意識の中で一日だけでも何も覚えていない日がある
というのは奇妙なものである。

4年前の12月23日未明、私の父が用たし後足がもつれて
ころんで頭を襖のしきいにぶつけてそのショックで頚椎狭窄
となり、救急車で病院に行った。これらの冷静な説明は後になって
少しづつ判明していった。

当時甥が同居していて、ひとばんじゅうコンピューターに熱中していた。
となりのおじさんが早朝から起きて庭で体操をする習慣がおありで
ちょうど体操中に当時離れで寝ていた父の助けを求める声が聞こえ
家族の誰もが気がつかずにいたので、お電話を下さったのである。
起きていた甥がその電話を聞いていそいで離れに父の様子を
見にいったら血を流してたおれていた父の姿が目に入った。
というのが当時の様子であった。

私も現場を見に行ったはずであるが、救急車を待つ父がどうしていたか
ぜんぜん覚えていない。
救急車が出てから家の戸締まりをして甥と2人で病院に向かった。
甥はショックで大変動揺していて運転出来ないと言っていた。
鎌倉山の坂を登る時に「これからは私がしっかりしなければ」
と気をひきしめていた事が昨日の事のように思い出される。

そのあと、その日のうちに身体の自由がきかなくなり寝たきりに
なって年があけて2月にあの世に旅立ったのだが、
少し落ち着いてから父に倒れた時はどんな気持だったのかと
聞いて見た。私はさぞかしさみしく不安な思いをしただろうと
大変気になっていたのである。

ところが、ところが、何も覚えていないと言うのだ。

その2年後の同じような時期に私が一過性記憶喪失症になった。
病院の待ち合い室で一時的に記憶が戻った時に思ったのである。
これから脳の検査だというのにぜんぜん怖くない。
いろいろ考える事事態が面倒でしかたない。
人間というのはイヤな事に直面した時まともにそれを感じないように
うまく出来ているのかもしれないと思ったトタンに又記憶が薄れた。

ぼけるというのは本人に取っては大変気楽な状態である事を
身を持って体験したのである。まわりは大変だけど。

2年前の今日、私はまわりの心配をよそに大変のんびりしていた
その様子がデジカメの動画に映っている。笑える映像である。

何か言うたびに、今日は何日?と聞いている。
「さっきから同じことばかり言ってるよ」
「わかったわかった。今度こそ覚えておくから何日?」

母はボケた娘をかかえてこれからどう生きていこうかと
本当に心配したそうである。
by melo_pro | 2005-12-27 20:51 | 健康 | Comments(0)

喘息が、、、

かなり良くなっている。
今年はとにかく喘息に悩まされた年だった。
初発作が1998年だったからかれこれ8年近いつきあいである。
初発作から2年後にさらにヘビーなアレルギー系の病気になり
ほぼ完治するまで5年という年月がかかった。
つまり今年になってようやく完治したのである。
こうして長いスパンで眺めると、喘息に始まり喘息に終るという
流れがみえてくる。
何故喘息か?と時々考える。

喘息というのは不思議な病気である。
死ととなりあわせの病気ではないのに、死とはとなりあわせである。
息が出来なくなるからである。

さらにかろうじて気管支拡張剤を吸入して、呼吸が楽になっても
気管支に炎症がおきている間はなにかとつらいのである。
まず、早く歩けない。坂を登ると苦しくなる。下をむいただけでも
つらい。身体が重い。階段ののぼりおりが苦しい。
もちろん喋るのもつらい。つまり息をするのがつらいわけである。

今、ほぼ普通の人並みになってきた。
普通に出来るという事がどんなにうれしい事か。

今はキュバールだけでコントロール出来ている。
by melo_pro | 2005-12-23 22:01 | 喘息 | Comments(0)

懐かしい味を求めて

昨日、平塚駅前に行った。
その昔藤沢のさいか屋地下に文化まんじゅうという軽くて安い
おまんじゅうが売っていた。
いつのまにかそれが無くなってしまい、家族でさみしい思いを
していたところ、平塚のうめやデパートの向かいに
そのおまんじゅうを売っている店があると江の龍に来られた
お客さまから情報を得た。
その方は茨城から来られて、これから平塚までそのおまんじゅうを
買いに行くとおっしゃっていたそうである。

そのようなわけで昨日我々も買いに行ってきた。
「都まんじゅう」という名前で「文化まんじゅう」とは微妙に
違ったお味であったが、かなりちかいモノであった。
20個入り600円、その他すぐに食べたいのでバラで買ったら
いきなり手にもたされた。
そしてお店のおばさんは全く愛想がなくて、逆にそれが
シンプルで良かった。
ただし横でおまんじゅうを焼いていたおばさんたちはやたら
笑顔をふりまいておられたが。
by melo_pro | 2005-12-21 18:20 | | Comments(0)

ついに買ってしまいました。

というほど大袈裟な買い物ではない。
大船ルミネの洋菓子屋のスワン・シュー
正確に言うとチャヤのスワン・シュー
その昔にはこれを買いにわざわざ葉山まで
出かけたものである。
それが、時代の移り変わりと言おうか
通勤で通る場所にそれがある。
私はケーキはあまり食べない。
嫌いではないが、ムース系は好まない。
しかし、生クリームが大好きなのでこの生クリームが
たっぷり入ったスワン・シューはいつも気になっていた。

今日はなんか、スワン・シューを買わなければ!
と言う気になってついに買ってしまった。
だから、そんなに大袈裟な話ではないのだけど。

うちの近所にレ・シューというケーキ屋がありそこの
レ・シューというシュークリームを時々食べる。
それは生クリームとカスタードクリームの両方が
入っていていちごも入っている。
これも美味しいが、やはり茶屋のスワン・シューは
貫禄がちがうような気がする。

私、これからシュークリームを極めようかと思うけど、
と言ったらすかさず家族がえらく期待して
「作るの?!」と言うので
「買う。あちこちのを」と答えた。
この私が作るわけないであろう。甘い。
by melo_pro | 2005-12-18 22:41 | | Comments(0)

ダンス

昨日ダンスについての話題を書いたが私は趣味がダンスである。
もちろん見る方だが、、、
ただ、ダンスを劇場で見るのはつらいものがあるような気がする。

その昔、ゲイのともだちからアメリカのダンスカンパニーのステージ
のチケットが1枚あるけど行かないか?と言われて1人で行った。
ゲイの友達の友達が急にいけなくなり、私のところにまわってきた。
その公演はとても観にいきたかったので、ふたつ返事でOK した。
しかし、、、あたりいちめんゲイ、ゲイ、ゲイ
さらに寸劇もあり英語でジョーク連発。
まわりのゲイズはみな英語に堪能らしくジョークのたびに間髪を入れず
ドッと爆笑するのである。
つらかった。ひとりだけ笑っていない、笑えない私。
しかも、女がひとり。
さらに、ステージ上でくりひろげられる夢のようなダンスシーンであるが
動きがめまぐるしくて、どこを観ていいのかわからない。

ダンスはテレビで見る方が全体が見えてよろしい。
by melo_pro | 2005-12-13 23:28 | ホビー | Comments(0)

Inbal Pinto Dance Company

いや〜良かった、なんてもんではない。
あんな素晴らしいモノがこの世にあるのかとそれはそれは興奮してしまいました。
昨夜テレビを見て、「ガキの使い・・・」が終わりなんか見るもんないかナ
とNHK教育テレビにチャンネルをあわせたらなんだかわからない変な踊りを
やっていた。というのが私のInbal Pinto Dance Companyへの糸口だった。
よくわからないけど面白い、とちゅうからだったけどそのまま最後まで
息もつかず見てしまった。
スゴイ!!ものすごい発想の振り付け。
「ガキの使い・・・」を見ていた自分が悔やまれる。
しかも板尾の矢沢永吉の真似なんか、、、

絶対に次のトーキョー公演の時は見にいこう!!!!!!!!!

さきほどInbal Pinto Dance Companyを検索してみたら、
その事について書かれたブログを見つけた。
昨夜テレビで見たのは「オイスター」という作品であった。
さらにこの作品からの連鎖キーワードとしてズラッとリストアップされていた
のは、それはもう私の大好きな世界のオンパレード。
マグリット、レイ・ブラッドベリ、エレファント・マン、ルイス・キャロル

Inbal Pinto Dance Companyの魅力はなんと言ってもダンステクニックの
圧倒的な高さであると思う。

よく、ハートかテクニックかと言うが、私はだんぜんテクニック重視派である。
私が手がけているSONSはハート勝負のみであるが。
但しSONSの指導の仕方はあまりハートには関係なく様々なテクニックを
駆使しているので、SONSと言えども自分の主義にあてはまる。
と勝手に思っているが、とにかく素晴らしいダンスであった。
by melo_pro | 2005-12-12 14:24 | ホビー | Comments(0)

年末がく〜れば思い出す〜

はるかなあの日の想い出、、、
あの日のことだけ私の頭の中から欠落している。
そう一過性記憶喪失症になってしまったのである。
原因はアルコールとストレス、と私は思っている。

この両方が運悪くその日に重なってしまったのである。

ものすごいストレスのためにアルコールをあびる様に飲んで
深酔いしそのあげく前後不覚に陥った、というのではない。
私はアルコールアレルギーである。
アルコールが身体に入るとアレルギー反応を起こしてしまう。
それ以前にアルコールは1滴も喉をとおらないしくみとなっている。
その私がその日大量のアルコールを吸い込んでしまった。

甥が酔っぱらって口からリバースしたアルコールの海を
私が掃除したのである。
水浸しになったトイレの床をビニール手袋をはめて何度も
ふいてきれいにしたのだが、実はビニール手袋をはめたのと
床をふき始めた事の先は全て夢の中の出来事なのである。
そのような夢を見た。という記憶。
大量のアルコールの匂いがしていたはずなのに全くその匂いを
かいだという記憶もない。

その後記憶が戻ったのは病院だった。
次の日は朝から何をしていたのかあとから聞いて知った。
甥の友達が泊まって行った。昼頃に甥が車で送って行ったが
それを私は愛想良く話かけながら見送っていたそうである。
その後コンピューターに向かってコンサートの準備をしていたらしい
その時にある人に電話をしたわけで不思議な事に電話をかけて
最初の話の流れだけは覚えているのだ。
しかし、その後の会話は全く記憶にない。
なんとなくだが、モニターに並ぶアイコンがゆれて気持悪くなった
という記憶もおぼろげにある。

最初に異変に気がついたのは甥であった。
同じ台詞ばかり繰り返していたそうである。
「今日は何日?」

病院の待ち合い室でこれから脳の検査をうけるという時
断片的に記憶が戻り始めていた。

医師の説明によると、脳は正常!。過度の疲労に加え
極端にコンピューターのやりすぎで一時的に血液が脳にいかなく
なったためにおこった記憶喪失であると。

私は大量にアルコールのにおいを嗅いだせいではないかと
何度も何度も医師に説明した。
私の記憶ではそれは1回限りであったが、記憶のないところで
何度も同じ説明をくりかえしていたらしい。
それはあり得ません。というのが医師の答えであった。
by melo_pro | 2005-12-06 14:10 | 健康 | Comments(0)